【「がんばれ」が言えない学校で】#自殺について #あきたUD #ユニバーサルデザイン #授業のユニバーサルデザイン #日本授業UD学会あきた支部 #特別支援教育 #SDGs #スマイルスタディ基金
- Takeshi Sakurada

- 1 分前
- 読了時間: 8分
櫻田武です。
5年前、私は「自殺について」というコラムを書きました。
きっかけは、秋田大学のオンライン公開講座でした。
テーマは「自殺について」。
講師の佐々木教授のお話の中に、今でも忘れられない言葉がいくつもありました。
あれから5年。
もう一度、このテーマについて書いてみようと思います。
なぜ今なのか。
それは、学校現場にいる私自身が、もう一度、この問題を自分のこととして考えなければならないと思ったからです。
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2025年、小・中・高校生の自殺者数は538人。
統計のある1980年以降で最多となりました。
2024年も529人で過去最多でした。
つまり、
「子どもの自殺は、昔より増えている」
という事実を、私たちは突きつけられています。
538人。
この数字を見て、
「538人もいる」
と思うのか、
「538人しかいない」
と思うのか。
私は、
「538人の一人一人に、名前があった」
と考えたいと思います。
友達がいた。
家族がいた。
好きなものがあった。
苦手なものがあった。
笑ったこともあった。
泣いたこともあった。
そして、その一人一人に、
「今日も生きていてほしかった」
と思っていた人が、きっといたはずです。
だから、この数字を「統計」として見て終わりにしたくありません。
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5年前の講座で、佐々木教授は、
>「自殺を防ぐ方法は、死にたい気持ちを共感的に理解することだと思います。」
と話されていました。
この言葉が、今でも私の中に残っています。
子どもから、
「死にたい」
と言われたら、私たちはどうするでしょう。
「そんなこと言っちゃダメだよ。」
「まだこれからじゃない。」
「大丈夫だよ。」
「そんなこと考えないで。」
「がんばろう。」
……。
悪気はありません。
むしろ、何とか助けたいと思っているからこそ、そう言ってしまう。
でも、
「死にたい」
と言っている子に、
「がんばろう」
と返すことは、本当にその子を助ける言葉なのでしょうか。
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実は、今、私が勤務している学校では、
「がんばる」を禁句にしています。
もちろん、「努力するな」という意味ではありません。
「がんばれ」という言葉が、いつでも人を励ますとは限らないからです。
もう十分にがんばっている子。
これ以上どうがんばればいいのか分からない子。
がんばる力そのものが残っていない子。
そんな子に、
「もっとがんばろう」
と言ってしまったら、
「今の自分では足りない」
と受け取ってしまうかもしれません。
だから、
「がんばれ」
ではなく、
「どうしたの?」
「何かあった?」
「先生に話してもいいよ。」
「一緒に考えよう。」
そんな言葉を大切にしています。
私は、これは自殺予防にもつながる考え方だと思っています。
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以前の講座で、こんな問いも紹介されました。
>「あなたは今までに死んでしまいたいと思ったことはありましたか?」
私は、この「直接聞く」ということの大切さを、今でも考えています。
子どもが苦しんでいるかどうかは、見た目では分かりません。
いつも笑っている子。
友達と楽しそうにしている子。
勉強を頑張っている子。
先生の言うことをよく聞く子。
そんな子の心の中にも、誰にも言えない苦しさがあるかもしれません。
だから、
「最近、どう?」
と聞く。
「何か困っていることない?」
と聞く。
そして必要なら、
「死んでしまいたいと思うくらいつらいことはない?」
と聞いてみる。
「そんなことを聞いたら、逆に自殺を考えさせてしまうのでは?」
と思う人もいるかもしれません。
でも、そうではありません。
聞かれることで、
「この人には話してもいいんだ」
と思える子がいる。
そして、
「実は……」
と話してくれる子がいる。
その「実は……」が、命をつなぐ入口になるかもしれません。
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5年前のコラムに、私はこんな言葉も残していました。
>「居場所は空間ではない。誰かのそばにいるということ。」
今、改めてこの言葉を思います。
居場所というと、
教室。
保健室。
図書室。
地域の施設。
そんな「場所」を思い浮かべます。
でも、本当の居場所は、場所ではないのかもしれません。
「自分のことを気にかけてくれる人がいる。」
「話を聞いてくれる人がいる。」
「失敗しても、ここにいていい。」
「何もできなくても、ここにいていい。」
そう思えること。
それが居場所なのではないでしょうか。
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そして、もう一つ。
以前の講座で、
>「自殺対策とは、自殺以外の死に方を提供する活動なんです。」
という言葉がありました。
私は今なら、
「自殺以外の生き方を、一緒に探すこと」
と言い換えてみたいと思います。
学校は、子どものすべてを解決できる場所ではありません。
家庭の問題を学校だけで解決することもできません。
心の問題を教師だけで抱えることもできません。
だからこそ、
一人で抱えない。
子どもの問題を担任一人の問題にしない。
管理職、養護教諭、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、医療や福祉など、必要な人につなぐ。
「助けを求めること」は、教師の力不足ではありません。
子どもの命を守るための、専門職としての大切な判断です。
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私は、特別支援教育に関わってきました。
そこで学んできたことの一つが、
「問題行動の裏側には、必ず理由がある」
ということです。
暴れる。
教室から出ていく。
話を聞かない。
友達とトラブルになる。
宿題をやらない。
学校に来ない。
そんな「行動」だけを見ていると、
「どうして、この子はできないんだろう」
となります。
でも、
「この子は、なぜそうしているんだろう」
と考えると、見えてくるものが変わります。
自殺についても、同じなのではないでしょうか。
「なぜ死にたいのか」
ではなく、
「この子は、そこまで追い詰められるまで、何を抱えてきたのだろう」
と考える。
そこから始めたいと思います。
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5年前、私は、
「自分自身は、死んでもいいかなと思ったことはあるけれど、自ら死にたいと思ったことはないような気がします。」
と書きました。
そして、
「だから、自殺対策には向いていないようです。」
と。
今は、少し違う考え方をしています。
「自分には分からない」
だからこそ、
「分かろうとする」
ことが大切なのではないかと思います。
自分が経験したことを基準にして、
「そんなことで悩むな」
と言ってしまわない。
「もっと大変な人もいるよ」
と言わない。
「まだ子どもなんだから」
と片付けない。
その子にとっては、
「今」が人生で一番苦しい時間なのかもしれないのです。
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学校は、子どもに「がんばらせる」場所でもあります。
でも、
がんばれないときに、がんばらなくてもいい場所
でもありたいと思います。
失敗してもいい。
できなくてもいい。
休んでもいい。
誰かに助けを求めてもいい。
泣いてもいい。
そして、
「今日は何もできなかったな」
という日でも、
「それでも、あなたはここにいていい」
と思える場所。
そんな学校をつくることが、私たち大人の仕事なのではないでしょうか。
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2025年、538人の小・中・高校生が自ら命を絶ちました。
私たちは、その数字を変えなければなりません。
でも、そのために必要なのは、
「自殺をゼロにするぞ」
という掛け声だけではないと思います。
もっと手前にある、
「最近どう?」
という一言。
「何かあった?」
という一言。
「話してくれてありがとう。」
という一言。
そして、
「がんばらなくていいよ。」
「一緒に考えよう。」
「あなたは、ここにいていいよ。」
という一言。
そんな言葉の積み重ねなのではないでしょうか。
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もしかしたら、
あなたのクラスにもいるかもしれません。
今は笑っているけれど、
本当は苦しんでいる子。
「大丈夫です」
と言っているけれど、
本当は大丈夫ではない子。
「別に」
と言っているけれど、
本当は誰かに気づいてほしい子。
そして、
「死にたい」
とまでは言わなくても、
「消えてしまいたい」
「いなくなりたい」
「どこか遠くへ行きたい」
と思っている子。
私たちには、その心の中を見ることはできません。
だからこそ、
決めつけない。
見逃さない。
聴いてみる。
そして、
一人にしない。
これが、学校でできる自殺予防の第一歩なのだと思います。
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5年前の私は、
「あなたはどうですか。」
と、このコラムを終えました。
5年たった今、もう一度、問いかけたいと思います。
あなたの目の前にいる子どもは、安心して「助けて」と言えるでしょうか。
そして、
あなた自身は、子どもから「死にたい」と言われたとき、その言葉を受け止める準備ができているでしょうか。
私自身、まだ自信があるわけではありません。
だから、学び続けたいと思います。
「がんばれ」と言う前に、
「どうしたの?」
と聞ける大人でありたい。
「大丈夫」と決めつける前に、
「本当に大丈夫?」
と立ち止まれる大人でありたい。
そして、
「ここにいていいよ」
と言える大人でありたい。
子どもを救う特別な言葉があるわけではないのかもしれません。
でも、
誰かが、誰かのそばにいる。
それだけで、今日を生きることができる人がいるのかもしれません。
今日、学校で出会う子どもたちに、
「あなたは、ここにいていい。」
そんなメッセージが届く一日でありますように。
それでは、また。
今日もありがとうございました。
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