top of page

【しかし、果たして一緒にいるだけで、本当に差別はなくなるだろうか。】

櫻田武です。


教育委員会で指導主事時代に、文科省の事業「心のバリアフリー」に手を挙げて、採択され、障害理解・障害者理解のための企画運営を熱心に行っていました。


その一つが、パラリンピアン講演会です。第1回目の講師として、東京パラリンピック金メダリストの竹内昌彦さんを岡山からお呼びし、小・中学生の前で講演していただきました。


その場に市教育長がわざわざ足を運んでくださり、その後、教育委員会報「日々是好日」にも「障害、差別」について載せてくださいました。その内容の一部が以下のものです。


≪障害、差別・・・「見えないから見えたもの」 竹内昌彦著より≫


今年の1月中旬に、盲学校の元教員で、東京パラリンピックで金メダルを取った竹内昌彦さんの 講演をお聞きした。心に残る感慨深いお話であった。今回は、竹内さんの著書から少し紹介したい。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


(前略)


おもしろい事もあった。お昼の時間に、雨が降るので、外にも出られず、教室にいた。

するとどこかのクラスの悪ガキがやってきて

「この組に、竹内いうめくらがおるんじゃてな。どいつなら!」

と大声を出した。一瞬私のクラスは静かになった。するとクラスで一番体が大きくて、 喧嘩の強いAくんが、のっそり立ち上がってその子の前に立った。


「何じゃあ、目が悪いいうんがどうしたいうんなら。おめえみてえに顔が悪いんとは 違うんじゃ。文句言わず帰れ!」


すると、相手の子は、勝手が違って 「顔が悪うてわるかったのう、へっ」


とすてぜりふを残して引き返していった。クラスの中で、くすくすと笑う声がした。彼 は一躍クラスの、特に女の子たちの英雄になった。私を守ったら、みんなが誉めた。このできごとも、クラスの中で、私を居心地のいいものにしてくれた。


こんないいクラスを作り上げたのは、一にも二にも、あの島村先生の力だ。そのことに気づいたのは、あれから四十年もたって、人前で話をしなさいと言われ、子ども時代をよくよく考えてのことだった。


(中略)


障害児を抱えた親が、学校や教育委員会に向かって、「障害があってもなくても、みんな一つの教室で机を並べて勉強すれば差別はなくなる。盲学校や養護学校あるいは特殊学級のようなものを作って、別々に教育するから、差別が生まれる」と言われることがある。障害児には手がかかるから、そういう子は、なるべく排除したいという姿勢がみえみえのときなど、腹立たしくて、このように言いたい親の気持ちはよく分かる。しかし、果たして一緒にいるだけで、本当に差別はなくなるだろうか。私は間違いだと思う。一緒にいるだけで差別がなくなるのなら、この世の中から、簡単に差別は消えていくはずである。人間は古代から男と女が一緒に暮らしたはずなのに、なぜ女性差別が生まれたのか。日本の歴史の中で、一番つらい差別問題は、あの被差別部落問題である。この身分制度は江戸時代までのことで、明治になって、そういう制度は廃止された。そしてどの地域の子どもも、一つの教室で、机を並べて勉強したのに、部落差別は、なくなるどころかひどくなっていった。そして、昭和四十年頃になって、やっとこれでは民主国家として恥ずかしいということに、大勢の人たちが気づき、国を中心に懸命に努力して、やっとここまでたどり着くことができた。 一緒にいるだけではだめ。私も一年生のときにいじめられた。やはり、その現場に、あの島村先生のような、優れた指導力のある人がいなければだめなのだということを理解してほしい。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


竹内昌彦:1945年、父親の赴任先中国天津で生まれ終戦をむかえる。引き揚げ船で肺炎をわずらい瀕死の状想で帰国。この時の高熱が原因でほとんどの視力を失い、それが原因でいじめを受ける。数年後の網膜剥離によって完全に失明。1964年、東京パラリンピックに出場。卓球で金メダル獲得。東京教育大学盲学校卒業後、岡山盲学校の教員となり結婚。2005年に岡山盲学校を退職。現在は講演活動や、途上国に住む視覚障害者支援などに従事する。※H30.1.16  大曲西中学校で講演


>>>

部屋を片付けていた時に、ふと当時のノートに目が留まり開いてみたら、出てきました。


教育委員会時代のことをいろいろと思い出しましたが、それはさておき、当事者である竹内さんが「しかし、果たして一緒にいるだけで、本当に差別はなくなるだろうか。」と書いていたこと、思い出しました。


現在、私は市の校長会長として、また、郡の校長会研修部の研究担当として、「人権教育の推進」を行っています。(令和9年度研究発表です。)指導主事時代の経験を生かして、もういっちょ障害理解・障害者理解教育推進も図りながら、本市の人権教育の推進を図っていきたいです。


しかし、あの時は教育長に取り上げていただいて、うれしかったなあ。

竹内さんもいい方でした。空港までの送迎時のお話や、一緒に稲庭うどん食べながら話したこと、素晴らしい体験となっています。お元気でしょうか……。


<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<


◇櫻田の推し本


「学級経営11の武器:応用行動分析学で子どもが変わる」 河村優詞


特別支援教育に携わって、国立特別支援教育研究所で応用行動分析を学んだときに「これを通常学級に、授業に、生徒指導に、学級経営に生かせばいいじゃん!」と感動したのを覚えています。

この本は、そのヒントを分かりやすく教えてくれます。

あなたの見方・考え方を広げ深めてくれる1冊だと思いますよ。

ぜひ、読んでください。


 
 
 

最新記事

すべて表示
【テストの点数を上げるのは簡単】

櫻田武です。 教育委員会指導主事時代から今でも思っていることがありまして それは、「テストの点数を上げるのは簡単」だということです。 え?と思うかもしれませんが テストに出る問題が分かって、解き方が分かって、正解が分かったら、テストの点数は上がります。 単純なことです。 テストの点数が悪いのは、テストに出る問題が分からなくて、解き方も分からなくて、正解も分からないからです。 勘のいい先生は、この話

 
 
 
【「トレードオフ」って子どもにも伝えたい】

櫻田武です。 大学の同期で、現在は福島県で校長(以下福島)をしている友達がいます。 東北連小秋田大会で久しぶりに会いまして、それがきっかけでもう一人の大学同期(秋田)の校長とオンラインで飲みながら教育について語りました。 まあ、福島は、秋田のことを「すごいなあ、すごいなあ」というわけです。 その一つが、「全員の先生が年に1度は自分の授業を公開すること」「その授業についての授業研究会で県や市の指導主

 
 
 
【指導助言から】

櫻田武です。 今年度も特別支援学校の研究に楽しくお手伝いさせていただきました。 そのまとめの授業研究会での記録もいただきましたので、その中から、私の指導助言をここでシェアいたします。 (1)単元の設定の大切さ  椅子に座って考える時間が長かったが、3人の生徒が説明文を考えて表現する姿を見た。後半、INさんの集中力が切れかかっていたがそれでも粘り強く活動していた。これまでの先生方の積み重ねがあったと

 
 
 

コメント


  • White Instagram Icon

© Copyright 2023 by Springfield School. Proudly created with Wix.com

Contact Us

Address

Tel: 090-2020-7578

Email: info@akitaud.com

​秋田県大仙市大曲須和町1丁目6-58

bottom of page